*光の翼*1*


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旅の詩人が村に迷い込んだ日。
陽は空をオレンジに、紫に染めていく。
あたりは深い、深い闇が訪れ、いつもと同じように夜になり・・・
そして、いつものように、朝が来た。

そして、いつもと変わらぬ、一日が始まるはずだった。



昨日の、幸せな気持ちのまま、今日も少女は目を覚ました。
ぐつぐつぐつ・・・
鍋の音が聞こえる。
台所から、良い匂いがする。

ふとんを跳ね除け、
元気に、ベッドから跳ね起きた。

「おかあさん、おはよう!」
「おはよう、ヒスイ。とりあえず、ごはんの前に、おとうさんにお弁当を届けてちょうだい。」

優しい母親は今日も変わらず、朝から台所に立っていた。
テーブルの上には、赤のギンガムのクロスで包まれたお弁当箱がある。

少女はそれを見て、いつものように答えた。
「はーい。そしたら、先に着替えちゃうね。」

顔を洗って、鏡の前に立つ。
そこには、いつもの自分が映っていた。
大きな、翠の瞳。くるくると波うつ翠の髪。

にっこり。

ためしに、笑ってみた。
どうやったら、もっとかわいく見えるだろうか?

鏡に指紋をべたべたつけながら、考えた。

・・・・そうだ。
少女は、あることを思いついた。


とびっきりのお洋服を選んで、いつもより、念入りに髪をとかして。
手の込んだ刺繍の施してある綺麗な生成りのエプロンドレスを着て、一回転した。
狭い部屋いっぱいに、スカートの花が広がる。

頭には、ピンクの花飾りをしていこう。

「ちょっと!お父さんにお弁当届けるだけなのに、なんでそんな服着ていくの!?」

「えへへー。ひ・み・つ。」
そう言うと、お弁当を片手に飛び出していった。


もし、いつもみたいにちぐはぐな布で補修したエプロン着てて、
道端であの詩人さんにあったら、恥ずかしいじゃない。


今日は、あの詩人さんとどんな話をしようか。
今日は、山のほうに行ってみようか。
今日は、詩人さんの故郷の歌を聴かせてもらおうか。
そんなことを考えながら、川でつりをしている、父親の元に向かった。


今日も太陽はいつもと変わらずに輝いている。
小川はさらさらと流れ、水面が光を反射してきらきらと輝いている。

「はい。お父さん。お弁当だよ。」
「ありがとう。お?今日はいつもにも増して、おめかしだな?」
「うふふ。いいでしょ。」
「そうだな・・・。お前も、もう17歳だもんな。」
釣り糸を少し引きながら、少女の父はそう言った。

「なあ、ヒスイ。強く正しく生きるんだぞ。お前のこれからの人生に、どんな壁が立ちはだかったとしても・・・。」
そう言う、父親の横顔は、どこか寂しそうにみえた。
「・・・。お父さん、なあに?急にそんな話して。」
「いや、ちょっと・・・な。」
チャポ・・。

「今日は全く釣れないな。おかしいなぁ・・・」
「え?仕掛けは?」
ヒスイはかがみこんで、川を覗き込む。そして、仕掛けを確かめる。

「問題ない。・・・そういえば・・・」
父親は当たりを見回した。

「今日は虫や鳥の鳴き声もしない・・・。やけに、静かだ、な・・・。」

確かに、おかしい。静か過ぎる。
ヒスイは当たりを見回した。

・・・なんとなく、嫌な予感がした。
まるで、嵐が来る前のような。
台風が来る前のような、そんな、生ぬるい風を感じた。

「ぐう。」
ふいに、ヒスイの腹の虫が鳴いた。

「・・・ヒスイ。お前、朝ごはんは食べたのかい?」
「・・・あ。まだだった。すぐ戻らなきゃ!」
「お前、昨日の夜も食べなかったじゃないか。」
「うん!だから今朝は、おなかぺっこぺこ。」

ヒスイは立ち上がって、スカートについた草をほろった。

「それじゃあね、お父さん!今日の晩ご飯、わたし、お魚じゃなくてもいいからね!」
元気よく走っていくヒスイを、父親はやはり寂しそうな目で見つめていた。


「・・・・。そうだ。詩人さんと、今日はお昼一緒に食べようかな?」
嫌な予感を吹き飛ばすように、ヒスイはスキップをしながら家路に戻っていった。

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「ヒスイ、おかえり。どうだった?」
母親が鍋をかき混ぜている。

「・・・お父さん、今日はだめみたい。」
テーブルに着き、足をぶらぶらさせながら少女が言う。
「お父さんがダメなんじゃなくて、なんか・・お魚、いないの。」
首を少しかしげた。

「へえ。どうしたんだろうね。あ、ヒスイ、お皿だしておくれ。」
「うん!・・・・。あ、そうだ。」
「ん?」
「できれば、サンドイッチを多めに作ってくれないかな?お昼、お外で食べたいの。」
「わかったよ。・・・そうそう。あまり遠くに行ったらだめだからね?」
「はーい。」

ヒスイはお皿を出そうと、戸棚を開けた。

―――――――――その時。

遠くから、どんどん大きくなる喧騒。
「おかあさん。なんか騒がしいね?」
「ん・・?」

バタン!―――――――――ドアが急に開く。
彼は、宿屋の主人だった。

「大変だ、大変だ!つ、ついにこの村が魔物たちに―――――――!」


「なんですって!ヒスイ!わたしのことはいいから、さあ急いで!」

「え?!お母さんは?」
「いいから!」
「さあ私についてきてください!」
叫ぶヒスイの手を、強引に引いていく男。
手から、皿が滑り落ち、パリン、と割れた。

すごい力だ。
ヒスイは片手でスカートを持ち上げ、ところどころに出来た擦り傷も気にするいとまもなく引きずられていった。

母親は、箒を片手に、家から飛び出していく。

「おじさん!!何があったの?ねえ、お母さんはどこに行くの?」
宿屋の主人は何も答えなかった。

数百メートルの後、宿屋の主人にから別の男に引き渡された。

精悍な顔つき。鍛え抜かれた体。日焼けした肌。少し、長めの髪。

それは、ヒスイの・・・剣の、師匠だった。



――――――――――――ドッガァァァァァァン・・・!!!
ここからさほど遠くないどこかで、魔法が炸裂している。
砂煙が舞い上がって、誰のものか―――――――わからない。 

「俺が、ここから安全な場所まで運んでいく!それまで、持ちこたえてくれ!」
そう、宿屋の主人に告げると、師匠はぽつり、とつぶやいた。

「・・・せめて、もう少し時間があれば・・・」
2人は川下へと急いだ。
その、川下には――――――――先ほどまで釣りをしていた、少女の父親が待っていた。

「ヒスイ・・・。今まで黙っていて悪かった。まさかこんな形で・・。いや、今は時間がない。」
父親は、何かを言いたそうだった。
しかし、それはとても勇気の要ることのように思えた。

覚悟を決めたように。
・・・ごくり、とつばを飲み込む音が聞こえた。
「・・・率直に言う。実は、わたしたちはお前の本当の親ではなかったんだ。」

「・・・・え?」
突然の告白に、ヒスイの目は点になった。






ワタシタチハ、ホントウノオヤデハナイ・・・・?






ホントウノ、オヤデハナイ・・・・?







オヤデハ、ナイ・・・・。








ゆっくりと、その言葉が頭の中で繰り返される。






うそ、・・・でしょ?








その時。


―――――――――――――――――閃光が、あたりを包んだ。



「うわぁ!!」
「――――――――きゃあああ・・・!!」

その後に続く熱風に、ヒスイは懸命に耐えた。
手が、ちりちりする。
ドレスが、ところどころ引き裂かれるのがわかる。


「・・・・・・」
風が止み、ヒスイは、ゆっくりと目を開け、顔から手を離した。


父親が、ヒスイと師匠をかばうように、両手を広げ、閃光をその背に受けていた。

「・・・おとう、さん?」



「ヒスイ・・・。詳しい話は出来ないが・・・とにかく、生きてくれ!」
「そして・・・どうか、どうかヒスイを・・・頼む!」
少女の父はヒスイと師匠にそれだけを言うと、川上の方に走っていった。
その背には、大きく焼けた跡があった。

「お父さん・・?ねえ、お父さん!?そっちは、危ないよ!ねえ!おとうさん!
わたし、お父さんとおかあさんの子どもじゃないの!?じゃあ、わたし何なの?ねえ!」

強引に引っ張ろうとする師の手に抗いながら、必死に叫んだ。


「・・・・、師匠!?」
そんなヒスイを、彼はを軽々と抱きかかえた。
「時間がない。しっかり、つかまってろ!」

師匠の首にしがみついて、それでも少女は父の背を追おうとする。
少女の叫びには、誰も答えなかった。

「師匠!なんでわたしをかばうんですか!みんなが戦うなら、わたしだって戦います!放してください!」
「・・・・・・・・。」
「放して・・・!放してってば!!!」
どんなにあがこうとも、その手に噛み付こうとも、師はヒスイを抱える腕を緩めることはなかった。
師の腕からは血が滲んでいる。
「お願い・・・!」

師匠は走った。ひたすら走った。少女の父とは逆方向に。
少女の瞳から溢れる涙が、風にこぼれ、消えていった。

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